マーク童話

思い出インクシーラカンス堂

前編

私はこのところ 満ち足りている 
偶然手に入れた思い出インクのおかげだ 
万年筆の筆先にちょっとつけ思い出を綴る先から文字は蒸発
代わりに空気に溶けたインクが 私をやさしく包んで書いた世界に導いてくれる
思い出の数だけ幸せな気分に浸れる
しかし その魔法のインクもとうとう最後の一滴
私は悩んだ末 インク瓶の底にあった名前を書いた
シーラカンス堂
これで手に入れた時のことを 思い出せるはずだ

店の奥から出てきたのは確かにあの人だ
事情を話すと 黙ったまま でも笑顔を絶やさずに奥に消えた
そしてあのインクを手にして現れた時もまた 同じ顔をしていた
ほっとした
三百円いただきます
えっ何か違う よくみるとどこにでもあるインクだ
次の瞬間 空気が張りつめた
今のあなたからいただけるのは お金しかありません

■シーラカンス堂 coelacanth-doh