概要

飲食店経営、歌手、パーティ企画、メルマガ執筆等を手がける気鋭の起業家、佐谷恭(Kyo paxi)による実体験ノンフィクション『Kyodo 樽 Story』(KDTS=経堂樽ストーリー)。

Kyo paxi自らがパクチーハウス東京内の立ち飲みスタイルの店舗内店舗である
「Public'S'peace」(パブリック・ス・ピース)に滞在し、その象徴的なオブジェである樽の周りで起こる出来事を記録していく。

背景

主謀者・佐谷恭(35)は、高校卒業後、大手予備校に潜入した。
つまらない学校に毎日通い、週末は同じ予備校の仲間とバカ騒ぎをする。

平坦な毎日に飽き飽きしていたが、それなりに充実しており、両親もちゃんと勉強していると思っていた。貯金などあるはずもないが、不満はなかった。

毎日遊んでいる仲間たちとは、マンネリ気味であるものの、予備校生はそれが日常なのだからと、諦めていた。

ところが夏のある日、東大模試が近づくと、仲間の態度が急変。「勉強しなきゃ」の一言で、皆から突き放された。「遊ぼうよ」と詰めよった恭だったが、仲間との関係は急に疎遠になる。

終わった。過去は。未来はこれから。

恭は東大模試までは我慢することを決め、遊びたい一心で遊ぶことばかり考えた。

終わった。模試が終わった。

数少ない京大志望者だったため、東大模試までの数週間は勉強する気にもなれず、だらだら過ごしつつも模試が終わったら全員巻き込んで遊んでやると決意。模試後に【飲み会】することを決める。ほとんど酒を飲んだことはなく、不安がないわけではなかったが、模試が終わったら仲間が遊びの世界に戻ってきてほしいと願っていた。

こうして、恭は初めての飲み会を主催することになる。80人強いたクラスの中から60人近くが参加したことに、予備校生のストレス蓄積が現れている。その日初めて酒を飲んだ人も多数。飲み方など知らない。救急車を何台か見た気がする。

この日を境に、予備校のクラスが変わった。生徒同士が一体感を持ち、それぞれの夢を語る時間も増えた。勉強の時間は明らかに減ったかも知れない。しかし、多感な時期を仲間たちとの議論に費やしたことは決して無駄ではない。

飲み会の効用を初めて知ったのがこの時だ。
その後大学に入り、旅をして、会社に入り、旅をして、ずっと続けることになる【飲み会】。さまざまな人と、さまざまな場所で、ひたすら開催した。

そして、“人と人とのポジティブな交流”の素晴らしさを、簡単に実現する方法の一つであると確信。起業してそれを事業にまで仕上げた。

自ら経営するパクチーハウス東京に、立ち飲みスペース「Public'S'peace」を作ったのは、交流を促進するため。原点にあるこの飲み会の体験が素晴らしかったからこそ、いまだにその場を再現したいと考えている。

丸い空間。樽。人がつながる不思議な形で、たくさんの交流を起こすことを
決意した。

[Kyo_do tsushin] No.3 2010年4月16日発行分より

■佐谷恭 kyo paxi
佐谷恭

京都大学総合人間学部在学中の19歳のときに旅を始める(現在までの訪問国数約50カ国)。2004年、「旅と平和」をテーマにした論文で、英国ブラッドフォード大学大学院(平和学専攻)を修了。

職歴は、富士通(株)で関西の新卒採用の責任者、(株)リサイクルワンの創業期のセールスマネージャー、(株)ライブドア報道部門の立ち上げ時のリーダー。

 2007年8月9日、株式会社旅と平和 を創立。同年11月に交流する飲食店をコンセプトに東京・経堂に世界初のパクチー専門店「パクチーハウス東京」をオープンさせる。2009年4月からは、樽を囲む立ち飲みスタイルの店舗内店舗「Public'S'peace」(パブリック・ス・ピース)もスタート。
現在、新しい“交流する飲食店”(用賀)と社会起業家を対象とした仕事空間提供サービス“PieceOfPeaceシェアオフィス”を準備中。

日本手食協会理事長、日本パクチー狂会会長。
著書に「ぱくぱく!パクチー」(情報センター出版局)。